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米国、大学付属L子供病院心臓外科の朝は、六時三〇分、ICU(集中治療室)の回診からはじまる。
ICUには毎朝、前日に手術をうけた新しい患者さんが入っていることになるが、そういった患者さんに加えて、重症のまま容態を観察している患者さんについても、朝の回診時に一日の治療方針を決定しないと、一切が前にすすまない。
そして八時、その日の最初の手術がはじまる。
平均して一日に二~三例、多いときでは四例の手術が一人の外科医のスケジュールに組まれていることもある。
そして、手術と手術のあいだは、患者の家族への説明、内科や小児科、麻酔科のスタッフとの打合せ……。
だから昼食時間はいつも五分くらいで、サラダとスープをかき込むのがやっとだ。
いつものように、そうしたあわただしい一日を終え、帰り支度をしていたある夜のことだ。
救急外来(ER)から呼び出しをうけた。
あわてて駆けつけると、一歳半の女の子が、泣きじゃくりながら看護婦に抱かれている。
よくみると、胸や脚には青アザがいくつもある。
幼児虐待にどうして心臓外科医が呼ばれるのだろうと不思議に思いながら、さらに話を聞くことにした。
母親の説明は、いかにも説得力に欠ける。
警察に連絡して、警官の立会いのもと、本当のことを話すようにうながした。
話はこうだ。
子供が、ミルクを飲ませようとしてもなかなか飲まず、手を引いて歩いていても、ときどきしゃがみこんで動かなくなる。
全然言うことをきかないので、ついつい叩いてしまった。
この子を最初に診た小児科のレジデント(研修医)が非常に優秀で、「しゃがんで動かない」というのは“ファロー四徴症”という先天性心奇形にみられる病気ではないかと疑った。
そして、ほかの腹腔内や胸腔内の出血の有無を診るために、心臓をふくむ超音波検査をおこなってみると、まさしくそのとおりの診断だったのだ。
環器医の話に、ようやく幼児虐待と心臓外科が結びついたのだった。
“ファロー四徴症”の四徴症とは、心室中隔産右心室の間の壁に穴かあき、肺動脈弁、あるいはその下の組織が肥厚して、狭窄をおこすことにより、その代償として、より大きな負荷のかかる右心室の壁があつくなり、大動脈がせり出してくる(大動脈騎乗)ことを指す。
これは先天性心疾患全体の五~一〇%を占め、チアノーゼ(全身への酸素の供給が不十分なため、顔やくちびるなどが青みをおびること)を呈する先天性心疾患のなかでは、その六〇~七〇%を占めるものだ。
“ズクヮッティング”とは、患児がしゃがむことにより、まず下肢からもどってくる酸素飽和度の低い静脈血を減らすことができ、また大腿動脈を圧迫するので、末梢の体血管抵抗が高まり、それによって、行き場を失った血液が左心室から心室中隔の穴をとおって右心室に流れ込み、その結果、右心室から肺へ流れる血流がふえ、動脈血の酸素飽和度も上昇するという、いわばチアノーゼから自分をまもる自己防御の姿勢といえる。
子供がけなげにも、自分をまもろうとしゃがみこんでいるのを、「言うことをきかない」と叩く一六歳の母親。
この母親は、くちびるが青くなるチアノーゼといった、この病気特有の症状にもまったく気づかずにいたようだ。
このファロー四徴症の根治的な手術法は、心室中隔欠損にパッチをあてて閉じ、狭くなっている右心室の出口(体の各部から運ばれてきた血液を肺に送る)の筋肉をけずりとり、肺動脈弁(肺に送られた血液の逆流を防ぐ弁)が温存できない場合は、新しく弁つきパッチをつけて、右心室の流出路を形づくるという手術が主流だ。
しかし、この子の場合、検査で肺動脈の発育かわるく、いま説明したような根治術ができないことがわかった。
そこで、まず肺の血流をふやして肺動脈の発育をうながすために、鎖骨下動脈から肺動脈"ベシャント″(バイパスの役目を果たす血管)をおくことにした。
このシャントは、考案した二人の医師の名前をとって、ベフレロック・タウシ・ヒーシャントと呼ばれている。
この手術は、先天性心疾患の外科手術の発達を語るうえで、大変重要なものだ。
小児の先天性心疾患は大きくわけで、チアノーゼ性心疾患と非チアノーゼ性心疾患にわけることができる。
チアノーゼ性心疾患とは、肺を流れる血流量が極端に減少し、肺における静脈血の酸素化か十分おこなわれないことから、くちびるや手足の先などが青みをおびる病気だ。
肺動脈が極端に未発達だったり、肺動脈と右心室とのつながりが狭がったり、まったくつながっていなかったりする場合に起こる。
その代表的なものが、先に述べたファロー四徴症だが、一九四〇年代前半までは、診断こそされても、まったく治療法のない病気だった。
当時、新進の小児科医だったJ病院のH.T博士は、鎖骨下動脈を肺動脈につなげることにより、肺の血流量をふやすことができるのではないかと考えた。
そこで、T博士は、動脈管(母体内における胎児の肺動脈と大動脈を結ぶ管。
誕生後、数週間で閉じるのが普通だが、まれに閉じないことがあり〔動脈管開存症〕、その場合、のちに重大な疾病の原因になりうる)を外科的にはじめて閉じたことで、一躍有名になっていたH大学外科教授、G博士のもとを訪れ、自分のアイデアを伝え、協力を求めた。
その後も、自分のアイデアを温めつづけていたT博士は、J大学に三六歳の若さで外科主任教授として赴任してきたP博士に、手術の可能性について打診した。
B博士は、前任のテネシー州のV大学時代から、肺高血圧症の実験モデルをつくろうと、犬をつかって鎖骨下動脈から肺動脈へのシャントをつくっていたので、すぐこの提案を採用し、実際に臨床応用が可能かどうか見きわめるための実験が、さらにつづけられた。
そして一九四五年、はじめてのシャント手術がおこなわれた。
そのときの患者だった四歳の女の子は、約一ヵ月後に感染のため死亡したが、それから五年のあいだに、B博士は約八〇〇例の手術を手がけ、この手術は、小児心臓外科ではもっとも重要な手術の一つとなり、現在でも、根治手術の前の準備の手術として、数多くおこなわれている。
先に述べた夜のERでの一歳半の女の子も、手術のあと、三歳になってから根治術をうけ、ソーシャルワーカーの努力で新しい里親のもと、元気に幼稚園にかよっている。
ここで心臓のなりたちとそのはたらきについて、簡単に説明しよう。
心臓には四つの部屋があり、大きく分けて、血液をためておく「心房」と、その血液を送りだす「心室」から成り立っており、それぞれ左右にわかれている。
上半身の血液は上大静脈から、下半身の血液は老廃物を腎臓で捨てたあと下大静脈から、それぞれ右心房に入り、その後、右心室に流れ込む。
ここから血液は肺に送られ、二酸化炭素を捨て、かわりに新鮮な酸素を取り込む。
新たに酸素化された血液は、左心房から左心室へと流れ込み、その強力なポンプ作用で、全身にくまなく送り出される。
また心臓自体がはたらくために新鮮な酸素を届けているのは、心臓をとりまく左・右冠状動脈と呼ばれる二つの血管である。
このうち左冠状動脈は前下行枝と回旋枝に分かれ、この二本の冠状動脈により、全身へ血液を送りだすポンプ作用をになう左心室や心室中隔への血流を維持している。
心臓の貯留とポンプの作用をコントロールしているのは、脳の視床下部から出る自律神経である。
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